2013年11月21日

オーボエと私 〜しろうとオーボエ吹きの贅沢,「輪の和」,そして JPP〜(4/7)

◆わかば会とコンサート活動
 医療者と患者が一緒に楽しむ音楽。それを発見・発展させることができたのは,乳がん患者会「わかば会」のおかげである。愛知県刈谷市在住の寺田佐代子さんを中心として,2003 年 3月に 23 人で発足した乳がん患者会「わかば会」は,長年のがん患者支援活動をふまえて,2009年 9 月 11 日には,“ NPO 法人ぴあサポートわかば会” として再出発した。私は,監事としてともに歩み,実に多くを “体験学習” させていただいた。
 2004 年 3 月に大学内で開催した患者会発足 1周年記念コンサート。患者会発足の仲間で,患者会発足半年で亡くなってしまった若き乳がん患者さんに捧げるため,無謀にも 1 年がかりで練習した難曲,モーツァルトのオーボエ協奏曲(ピアノ伴奏版)に挑戦した。準備や司会などやりながらのいきなりの演奏で,オクターブキーが利かないトラブル。長いピアノ前奏からやり直してもらったのが懐かしい(写真1)。あれからもう 9 年。
 NPO 法人ぴあサポートわかば会の活動には可能な限り参加している。がん患者のこころの支援・セルフケアの奨めといったわかば会独特の中身の濃い活動を通じて,多くの悩めるがん患者に出会う。一方で,プロの病理医として,セカンドオピニオンで出会う多くの患者さんがいる。音楽は優れたコミュニケーションツールに変身できる(そう,どこでも必ず楽器持参! )。音楽はひとの気持ちをほぐし,癒す。こころをこめて演奏する曲には「魂」があると信じるから。
 寺田佐代子さんと毎年のように録音した医師と患者のハーモニー,「名刺代わりの CD」はすでに 6 枚。近々,7 枚目の収録を予定。この贅沢な無料 CD をいったいどのくらいのひとに配っただろうか。患者さんには必ずプレゼントすることにしている。プロのように上手くいかないことは,本人たちは十二分に承知。三重県志摩市の “合歓の郷” のレコーディング担当の桜井博司氏とはずいぶん親しくなった。リズム感と音感と技術に乏しい単なるオジサンとオバサンの不思議なペアの演奏を,辛抱強く熱心に収録してくれることに深謝。
 わかば会のコンサートは毎年継続されている。大学内で行われた 6 周年記念コンサートに引き続いて 2009 年 5 月に京都で開催した無料コンサートは,仲間の輪が広がってゆくことを願って,“「輪の和」コンサート” と命名された。多くの医療者と患者仲間,そして学生や障碍者にも参加してもらう手づくりコンサート。多くのボランティアにささえられる輪,みんなでつくりあげる音楽の和。その後,地元愛知のみならず,東北の被災地,一関(岩手県)と東松島(宮城県)でも開催した(写真2)。今年は,9 / 11(水)に横浜で第 7 回,10 / 25(金)には愛知県岡崎で第 8 回「輪の和」コンサートが開催された。来年 2014 年は,8 / 9(原爆投下の日)に長崎市での開催を予定している。
 さまざまな場所で,いろいろなひととひとが出会う活動の輪を広げていくうちに,音楽は,誰もが平等で対等な関係で楽しめる,感動する,多くのひとと共感できる,周囲のひとを仲間にする力がある・・・,実に,多くの魅力と吸引力があると,こころから実感している。
 「思いを形に」がモットー。失敗しても実践することに意味がある。勇気をもって「行動」することは,もっぱら,寺田佐代子さんから学んでいる。寺田さんとは,こころのセルフケアやピアサポートに関する多くの著作物も出版してきている。ぜひ,わかば会 HP を訪問してほしい。そう,新しい一歩への勇気に乾杯。
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写真1 わかば会発足 1 周年記念コンサート
(藤田保健衛生大学フジタホール 500,2004 年 3 月)
果敢にも,いや無謀にも,モーツァルトのオーボエ協奏曲(ピアノ伴奏版)に挑戦した。
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写真2 被災者支援「輪の和」コンサート in 岩手県(2011 年 8 月,一関市)
医療者(病理医),がん患者,障碍者,学生(岩手医大,秋田大や東京女子医大の学生たち),奥州市のこどもたち(「雨にも負けず」の朗読を披露)がみんなでつくった感動のコンサートとなった。中央のケントミはボランティアで駆けつけてくれた沖縄のデュオ(障碍のある “ケン” の三線と,末期乳がん患者の “トミ” による島太鼓)。
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オーボエと私 〜しろうとオーボエ吹きの贅沢,「輪の和」,そして JPP〜(5/7)

◆東南アジアでのボランティア活動
 私は毎年,横浜の NPO,地球市民 ACT かながわ(TPAK)に協力する形で,ミャンマー,タイあるいはインドで 1 週間ほどのボランティア活動を実践している。同行する学生たちとともに,東南アジアの少数民族のこどもたちに対する衛生教育を担当させてもらっている。義務教育すら十分に受けられない彼らの多くは,医療者と接したことがない。TPAK の支援の現場は,医療の存在しない地域なのである。手洗い,うがい,歯磨き,沐浴の大切さを伝え,簡単な栄養指導や日常生活指導もしている。病理医ながら,簡単な身体診察もさせてもらっている(ヒヤヒヤ)。オーボエはリード部分以外の本体を 3つに分解できるため,手荷物で簡単に持ち運べる。こうした支援活動に,オーボエ演奏が有用であることを実感している。孤児院に集まるこどもたち(ミャンマー)(写真3),TPAK と村人でつくった学校で勉強するこどもたち(タイ,ミャンマー),社会的差別を受ける自立心旺盛な女の子たち(インド)。そして,私のつたない演奏に聴き入るこどもたちの興味津々で真剣な数百の眼。忘れがたい思い出として,脳裏に焼きついている。
 そういえば,3 月末の暑いインドからの帰りのデリー空港。手荷物チェックカウンターでの話。金属キーが豊富で,かつ調整用のねじ回しの入った楽器を妙に怪しがられた。いろいろ説明したら,女性係官が「吹いてみろ!」。というわけで,私は,出国チェックの現場でオーボエを吹かせてもらった,そんな珍しい体験者とあいなった。自然とたくさんの人が集まり,しばしの音楽会(?)。笑顔で無事通過できたことは言うまでもない。
 日本でも,ハンセン病施設やホスピスでときどき演奏させていただいている。病院,市民団体やがん患者会などに呼ばれて講演するときは,ほぼ必ずオーボエを持参している。一生懸命演奏することで,場が和む効果はたいへん大きいことをしみじみ実感している。
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写真3 ミャンマーの孤児院でのオーボエ演奏会(2006 年 3 月)
ロンジー(スカート風の男性用民族衣装)を身につけての演奏。譜面台がないので,仲間にみせてもらっている。聴衆は 200 人超。平均年齢は 10 歳くらい? この初演をきっかけに,ミニコンサート in 東南アジアが癖になってしまった。
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オーボエと私 〜しろうとオーボエ吹きの贅沢,「輪の和」,そして JPP〜(6/7)

◆日本病理医フィルハーモニー( JPP)の結成
 実は,私はもう一つユニークな音楽活動を展開している。2006 年 11 月,第 52 回日本病理学会秋期特別総会(和歌山)で市民公開講座に引き続く形で,患者・市民のための病理医によるミニコンサートを企画・開催した。好評だった。私は寺田さんといっしょに演奏させていただいた。患者さんのために病理医が演奏するチャンスをつくりたい! トランペット吹きの病理医,宮崎龍彦氏(愛媛大病理,現 岐阜大病理)と相談・画策して,全国に散らばる病理医の演奏家を集結してフルオーケストラをつくろうと提案したのは 2009 年 11 月(松山)だった。そして,ついに「日本病理医フィルハーモニー( JPP)」の結成に至った(携帯電話の電源がなくなるほど,全国各地に電話しまくったのが懐かしい)。私が団長を務める JPP の登録団員・団友は,現在 150 名を優に超えている。初練習は,2010 年4 月の第 99 回日本病理学会総会の期間中に新宿で。会長招宴懇親会会場では,有志による弦楽アンサンブルが演奏された。翌年の第 100 回記念総会(横浜)での演奏が目標だった。
 2011 年 4 月に予定していた(社)日本病理学会創立 100 周年祝賀コンサートは,同年 3 月 11日の東日本大震災のため,残念ながら,演奏を自粛せざるを得なかった。そして,2012 年 4 月29 日(日)の夕暮れのひととき,果敢にも,横浜みなとみらいホール,大ホール(計 1,850 席)において,2 時間にわたる単独の無料コンサートを開催した。多くの患者・市民を招待した。第101 回日本病理学会総会(新宿)の翌日だった。出演者は 90名,約半数が病理医。他科の医師や検査技師,そして学生や病理医の家族の手伝いを得てはじめて成立したコンサートだった。多くの個人,企業からの寄付も欠かせなかった。何と,満席の観客の中での,文字通り,感動の演奏会となった。
 指揮する病理医は,秋山 隆氏(川崎医大)と岡 輝明氏(関東中央病院)。第一部のフィンランディアと G 線上のアリアでは,東日本大震災被災者への励ましの気持ちを込めて演奏した。第二部では,(社)日本病理学会が世界に誇るテノール歌手,米澤 傑氏(鹿児島大)が,オーケストラとともに「誰も寝てはならぬ」「オーソレミオ」などを朗々と歌いあげた(写真4)。パイプオルガンの音色もホールに響きわたった。まさに,病理医が患者・市民に顔をみせる活動そのものとなったといえよう。
 30 名のボランティア,ロビースタッフ(患者さんと一般市民,病理医は 2 名のみ)の働きは本当にすばらしかった。寺田佐代子さんはロビーマネージャーとして大活躍だった。満席の観客を時間通りに客席に誘導できたのはまさに奇跡的だった(ホール担当者の言)。掛け値なしに,病理医と患者さん・市民によってなし得た手づくりコンサートと言えた。今でも,みなとみらいホールのロビーストに「伝説の JPP」と言わせているのは本当の話。
 2013 年 6 月 8 日(土)には,第 102 回日本病理学会総会(札幌)の最終日に,札幌芸文館大ホールで第 2 回 JPP 演奏会が開催された。約 1,200名の聴衆を得て,再度,練習不足のハンデを超える集中力を発揮した演奏会となった。札幌医大の学生を含む 70 名のオケメンバーに加えて,札幌アカデミー合唱団,札幌医大コーラスや病理医よりなる約 100 名のコーラスが,オーケストラとともに素敵なハーモニーを奏でた。米澤傑氏(テノール)のソロの歌声に加えて,瀧山晃弘氏(北海道大)によるモーツァルト(ピアノ協奏曲第 23 番第二楽章)のピアノソロ演奏もあった。学会長の佐藤昇志教授(札幌医大)による全面支援の賜物でもあった。
 2014 年 4 月 26 日(土)には,広島での学会最終日に,第 3 回演奏会を予定している。今後もぜひ継続してゆきたいユニークな活動である。
 JPP 活動の目標は 3 つ。
1)日本病理学会会員が音楽を通して交流し,理解し合い,音を楽しむこと。
2)日本病理学会にはオーケストラという “クラブ活動” があることを示して,若手病理医のリクルートに使うこと。
3)患者・市民に病理医の存在をアピールする有効な手段となること。

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写真4 第一回日本病理医フィルハーモニー演奏会
(横浜みなとみらいホール大ホール,2012 年 4 月)
全くの予想外に,1,850 席に満席の聴衆を得た,掛け値なしの「感動」の演奏会となった。米澤 傑氏(病理医,テノール)による熱唱。指揮:岡 輝明(病理医)。
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