2014年02月26日

音楽エッセイ4:日本人の聴く耳









日本人の聴く耳


昭和57116日に開かれた日本医家芸術クラブ主催の座談会における芥川也寸志氏の発言内容を少し紹介させていただこう。


ピアノと尺八を比較してみよう。ピアノの構造はものすごく複雑だが、弾けばだれでも同じような音が出る。一方、尺八は竹を切って穴を5つあけただけの単純な構造なのに、吹くと首振り3年といわれるように非常に複雑な音が出る。ヨーロッパ合理主義は複雑な条件の中から単純な結論をひきだすのに喜びを感じるのに対して、日本人は単純さの中に複雑な味わいを見つけ出そうとする。ヨーロッパの鐘はガランゴロンと鳴るだけだが、日本人の耳は除夜の鐘のボーンという音が消えてなくなるまでの“余韻”をずうっと追いかけてゆく。虫の音を音楽的に受け入れるのが日本人の耳といえそうだ。これは、英語のように子音の発音の多い言語で育った人間と母音の多い日本語で育った人間の頭脳構造の違いを反映しているのかもしれない。日本人はピアノやバイオリンは右脳で聴くのに対して、笙や篳篥などの和楽器は左脳で聴くらしい。芥川氏はこれを「ロゴスとパトスが入り乱れているような脳の構造」と称している。パトス+ロゴス=病理学なので、日本人の脳みそは病理学に向いているだろうか。


(堤 寛)


 

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音楽エッセイ3:ベートーヴェンの耳









ベートーヴェンの耳


聴覚障害には伝音性難聴と感音性難聴がある。内耳の三半規管まで音を伝達する外耳・中耳に障害がある場合が伝音性難聴、三半規管から先に障害がある場合が感音性難聴である。耳小骨の動きが悪くなる耳硬化症は伝導性難聴を呈する。伝音性難聴の特徴は、近くの会話は聞こえ、電話がかけられる。補聴器が有効である。ところが、ちょっと離れた場所からの音は全く聞こえない。ヴァイオリンの弦の調律はできるが、屋根を叩く雨の音は、たとえそれが嵐であっても全く聞こえない。


最近、江時久(エトキヒサシ)氏が「本当は聞こえていたベートーヴェンの耳」(NTT出版)と題する本を執筆した。江時氏自身が耳硬化症なのだ。「合唱つき」交饗曲第9番など多数の名曲を作曲したベートーヴェン(Ludwig van
Beethoven
1770-1827)の耳は25歳ころから悪化し、その後全く聞こえなくなり、頭の中だけで作曲したというのが定説である。19874月、ウィーンの学者2人が、ベートーヴェンは耳硬化症だったと診断した。耳硬化症は“いつの間にか発生して緩やかに進行する両側性伝音性難聴”が特徴である。耳硬化症だったのなら、完全に聞こえなかったのではなく、本当は死ぬまで自分の弾くピアノの音は聞こえていた。だからこそ、あのような作品群を完成させられた!一方、不得手なのが人との会話で、人間嫌いになりやすい。彼の初恋の、そして生涯思い続けた貴族の娘ロールヘンにどうしても求愛できなかった理由は、その劣等感からだった可能性がある。


(堤 寛)


 

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音楽エッセイ2:騎馬のリズムと阿波踊り









騎馬のリズムと阿波踊り


日本語の文章表現の基本は「起承転結」の四拍子だが、英語の論理構成は三拍子である。英文論文は、Introduction(テーマの提示)、Body(具体的情報の記述)、Conclusion(著者の意見を表現)が求められる。各パラグラフも同様の三拍子よりなる。科学論文の考案で、日本人は知らず知らず、“ところで―”“ちなみに―”とテーマを展開して四拍子にする。これは欧米人に馴染めない。


へぼなオーボエをそれなりに演奏していると,日本人を実感させられることがある。どうもこれは,必ずしも自らの音感の悪さ故だけではないらしい。つまり,ベートーベンやブラームスなどの西欧の著名な作曲家の曲には,「付点四分音符+八分音符」というリズムが基本となる音形が頻繁に登場する。音の長さは31、つまり四拍子!単純至極に思われるかもしれないが,日本人のしろうとが演奏すると「三連音符の最初の二音+最後の一音」という形,つまり,21の音形(三拍子)に限りなく近づいてしまうのだ。前者が,4本足の馬に乗る騎馬民族固有のリズムであるのに対して,農耕民族である私たち日本人に染みついたリズムは,阿波踊りの「チャンチャチャンチャ,チャンチャチャンチャ」の形,つまり3連符の連続(8分の6拍子)なのだそうだ。ウーム,妙に感心していないで,練習してきちんと正しい演奏をしなければ……。


「おとうさん,ロドリーゴのアランフェス協奏曲知ってる? 第2楽章のイングリッシュ・ホルンがとてもすてきだよ」と当時公立中学校3年生の次女(現在,その出身校の英語の教師)から言われたがずいぶん前のこと。イングリッシュ・ホルンは,オーボエの兄貴分に相当するソロ楽器だ。当時小学生の三女(現大学生)からは,「学校でオーボエの曲を聴いたよ」と言われて,文部省検定教科書をみた。こちらは,グリーグ作のノルウェー舞曲。両方とも早速CDを買って聴いてみた。次女からは少し恨まれた。「今日,音楽の聴きとり試験があったのに」。


試験問題をみせてもらった。これがなかなかむずかしい。「ラスゲアドという奏法で演奏される第1楽章の出だし」,「第1楽章の第2主題」,「第2楽章で独奏楽器の和音にのせてイングリッシュ・ホルンが吹く哀愁を帯びた旋律」などの譜面を選ぶ。問題7は,「アランフェス協奏曲の第1楽章はソナタ形式ですが,その構成を答えなさい」。どうして,そこまでわかんなくちゃいけないの?


ついでに,中学校2年生のときの試験問題もみせてもらった。ベートーベン作曲,交響曲第5番「運命」,ハ短調,作品67 に関する問題がある。かの有名な第1楽章の出だし「ジャジャジャジャーン」の部分の音形に関する設問。ここは,4分の2拍子。八分休符のあと,八分音符が3つ並んだあとフェルマータ付きの二分音符がくるのが正解。決して,四分休符+三連音符ではない。東海大学医学部管弦楽団の演奏会で演奏するために楽譜をみるまで,小生,後者だと思い込んでいた。


娘いわく,「この出だしの部分を演奏する楽器は,”弦楽器+クラリネット”なんだよ。クラリネットが試験の山だよ。それから,第1楽章でソロのある管楽器ってオーボエでしょ。こっちもよく試験にでるみたい。」まあ,こちとら,よくぞ中学校を卒業できたこと!もっとも,翌日,オーケストラでオーボエの目の前に座ってビオラを弾いている医学生にこのクラリネットの質問をぶつけてみた。答えは「??」だった。


堤 寛(医学のあゆみ1771381996を改変)


 

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